丸い虹と飛行雲 P-3C機長
最近、都市部ではほとんど虹を見かけなくなった。虹が出ないのではなくて、そういう自然の移ろいを受け止める心のゆとりが無くなってしまったのかも知れない。
私が育った四万十川のほとりでは、夏空に夕立が通り過ぎるときれいな虹が出た。山をまたぎ田畑を越えて懸かる大きなアーチをいつまでも飽きずに眺めていた子供の頃の記憶が鮮やかによみがえる。
飛行機から虹を見たらどの様に見えるだろうか?
もちろん地上に懸かる虹は、多少高度の高い飛行機から見てもアーチ型である。
夏の夜空を彩る大きな打ち上げ花火は、地上から見るときれいな真円だが、上空から見るとどの様に見えるだろうか?と素朴な疑問を持って、夜間飛行の時に湘南海岸で確かめたことがあるが、真上から見ても見物人のいない海側(裏側)から見てもやはり真円であった。
ところが、飛行機で雲上を飛んでいると「まん丸な虹」を見ることができる。高度に関係なく、上空が晴れていて、飛行機の直下に雲海が広がっている場合、下の雲がスクリーンとなって自分の飛行機の影が映る。その周りにまん丸い虹が出来るのである。その虹は自分と同じ速さでどんどん移動する。
雲の上面は完全な平面では無いから、虹の七色はやや混ざり合った色となり、コントラストの乏しいぼけた色合いではあるが、虹であることは間違いない。
なぜこのように雲の海に丸い虹が出るのか(どこで分光されるのか?)は残念ながら分からない。そういえば、一般の乗客が旅客機の窓からこの虹を写真に撮って航空雑誌に出していたのを見たことがある。
飛行機がどんどん上昇すれば、外の気温もどんどん下がることは以前の稿にも書いたが、私が経験した一番低い外気温度は、晩秋の北海道上空3,1000フィートで−54℃というのがある。このような極低温にさらされると操縦席や各見張り窓のガラスも外気に接する層では収縮し、機内の空気に接する層では相対的に膨張することになるから熱破壊しないよう又、凍結して視界を失わないように内部の電熱層に通電して常に温めている。したがって窓ガラスは何層も張り合わせた構造になっており、大きな鳥にぶつかってもビクともしない。
それでも−54℃ともなると半端ではない。こんな低温では空気中に水分は無いから(すでに氷結して降下している。)ガラスの外側が凍ることはまずないが、機内の暖められた空気には水分が残っているからガラスの内側が凍る。息など吹きかけようものならたちまち厚い霜になる。電熱層を持たない窓は何もしなくても内側にびっしりと霜が着く。そんな時に後部の見張り席から後ろを見ると水平尾翼の先端から飛行雲を引いている。
最近、アフガニスタンを爆撃するB-52を地上から撮影した映像がしばしばテレビに出るが、B-52は主翼後縁からやや離れた所で飛行雲が発生し、4本の飛行雲を長々と後ろに残している。4本出る所を見ると2つずつ束ねたエンジン(全部では8発)から1本ずつ出ている様である。
P-3Cでは水平尾翼の先端から左右それぞれ1本ずつ出る。なぜエンジンから出ないのかは分からない。あるいは機内からは見えないやや後方で出ているのかも知れない。
いずれにせよ機内から見る飛行雲はあまり美しくない。後部見張り席のバブル・ウィンドウに顔をこすり付けないと見えないせいもあるが、なぜか灰色でみすぼらしい。直線飛行していると操縦席からは見えない。しかし、地上から飛行雲を見ると機種による色の違いは無いからP-3Cも旅客機と同じように真っ白なトレールを引いているのであろう。
私は飛行機から写真を撮るのが好きで、若いときから訓練の合間に色々なシーンを撮影してきたが、ひとつ心残りがある。それは、P-3Cが大きな半径で飛行雲を引きながら旋回し、大空に360度の円を残した場面をものに出来なかったことである。
すでに航空隊勤務を終えた老兵には飛行雲を引いて3万フィートを飛ぶ機会は無いが、ぜひ後輩の誰かがこの夢を実現してもらいたい。
老兵は死なず、ただ消え去るのみ。