天測の話(続き)       哨戒機機長

 

読者の方から質問がありましたので、もう一回天測の話を続けます。

 

先ず、天体の角度を測ってどうやって自分の位置を求めるか? と言うことです。

2週間ほど前に東京で会議があり、市ヶ谷の海幕まで行って来ました。防衛庁が六本木にあった頃は古い建物が雑然と並んでいましたが、市ヶ谷の新庁舎に移ってからは見違えるような立派な建物になりました。庁舎の屋上にはこれまた大規模な通信鉄塔が建っています。都心部では東京タワーに次ぐ高さだそうで、250mぐらいはありそうです。

 

さて、自分が正確な位置が分からないまま、神宮外苑あたりを歩いていたとします。南の方向を見ると東京タワーが見えます。そこで測量器具を使ってタワーの頂上の角度を測って見ます。水平線から 6°36′の角度がありました。東京タワーは海抜333mですから、自分の位置から東京タワーまでの距離は、333÷tan6°36=2,878mとなり、地図の上に東京タワーを中心とした半径2,878mの円を描くことができます。

自分はその円周上のどこかに居ることになり、この円周を位置の線と呼びます。

 

北東の方向を見ると、先程の市ヶ谷の通信鉄塔が見えますので角度を測ると、5°54′で同様の計算をすると市ヶ谷から2,419mです。また北西の方向に見える都庁の高層ビルからは2,980mでそれぞれを中心として地図上に円を描くと、ちょうど神宮球場のホームベースあたりで三本の線が交わりました。自分はその時刻にはそこに居たことになります。

 

いま測角した東京の三つの建造物の相対位置は時間が経っても変わりませんが、天体の場合は常に動いておりますし、星までの距離は無限大ですのでビルの高さを測って距離を出すような訳にはいきません。ただ天体の恒星と恒星との相対位置は時間が経っても変わりませんし、天体の動きには(実際は地球の方が動いているのですが・・・)完全な規則性がありますので、何月何日の何時何分にある位置でこの星を測角したならばどのような角度に見えるかということは正確に計算する事が出来ます。

 

したがって、実際の天測では、このある位置というのが鍵になります。飛行機で飛んでいても今は大体この辺に居る筈だという推定位置は常に押さえていますので、その位置をアシュム・ポジション(assume position:AP)として緯度・経度を出し、自分が天測しようと考えている時刻を当てはめて、あらかじめ事前計算で角度を出しておきます。

 

そして予定した時刻に測角を行って、事前計算で求めておいた角度と実際に測った角度を比較します。実際の角度が計算よりも15′高かったという場合には実際の位置の線が天体の方向に15マイル近かったということですから、APから天体の方位(度単位で正確に事前計算されている。)に15マイルだけ近づけて方位に対し直角になるように直線(本当は無限大の半径を持つ円周ですが、実際の作図では直線とせざるを得ません。)を引きます。これが位置の線になる訳で、約120度ずつ方位が離れた三つの天体を同じように測って3本の位置の線を得れば、三角形が出来、その内心が自分の飛行機のその時刻における位置になる訳です。

 

昼間には見える天体は太陽だけですので、位置の線は1本しか得られず、その場合は推定位置から太陽の測角で得られた位置の線に垂線を引き、その交点を新たな推定位置として新しく航法を始めます。

 

夜間に北極星が見えれば、この星は常に北極の真上にありますので測角した角度がそのまま自分の位置の緯度になります。(多少の修正は必要ですが・・)

 

水星・金星・火星などの惑星は良く見えますし識別も容易なのですが、恒星とは天体運動の規則性が違いますので計算に引用するデータが異なり、天測には余り好まれません。惑わせる星とは良く名付けたものです。

 

これらの天体の角度計算の元になる「天測歴」は海上保安庁水路部から毎年発行されています。飛行機で使うのは天体の数を絞り込んだ上に数字をやや丸めた「天測略歴」の方で、これはグリニッチ天文台から発行されます。

 

この「天測略歴」は1年分365ページ+αの厚さですが、実際の天測計算には更にリダクション・テーブルという大規模な数表が必要で、これは毎年更新するものではありませんが、1セットでNTTのイエローページぐらいの本が4冊ありこれだけでカバンが一杯になってしまう代物です。

 

現在では、慣性航法装置があり、GPSがありますので、天測の必要はないとお考えかも知れませんが、一番正確な位置情報を提供してくれるGPSも、アメリカが打ち上げた人工衛星からのデータが何らかの情勢で利用できなくなればそれっきりですし、慣性航法装置も複雑な電子機器の固まりですから故障することもあります。

 

天測計算で自分の位置を求めるのは、時間と手間がかかって一見非効率ですが、マゼランの時代から行ってきた伝統の技、必要な時にはいつでも利用できるようP-3Cでも訓練だけは続けております。

 

そう言えば、数万円で手に入る携帯用のGPSが市販されており、小型機では重宝しておりますが、その商品名が「マゼラン」と名付けられています。

 

これで天測の話は終わりにします。